<越前和紙の歴史>
中国で発明された紙の日本への伝来は、6世紀頃に朝鮮半島を経由して僧曇徴(どんちょう)により伝わったとされています。当時の日本は国家としては未熟で中央集権を目指すため大化の改新(646年)が制定され、戸籍の形成・税制改革や国家の安泰と発展から仏教の布教の必要性もあり和紙の需要が急速に高まったと言えます。
その後、朝廷では官営の製紙場(紙屋院)も建設されると共に平安時代には朝廷文化が花開き、貴族社会でも多くの和紙が必要とされ、現在の福井県越前市に民営の和紙の製造所が多くつくられました。また越前和紙の歴史は1500年といわれ、技術力の高さから朝廷などへの貢進や幕府の公用紙として使用されました。越前和紙の代表的なものとして「鳥の子紙」と「奉書紙」が有名であり、さらに江戸時代には庶民文化(浮世絵、版画等)へと発展し、高級和紙としての地位を確立いたしました。
<鳥の子紙(とりのこし)>
奈良時代から作られた雁皮(がんぴ)を原料とした和紙で、鎌倉時代から「鳥の子紙」と呼ばれました。鶏の卵殻の色から名付けられ「にじみ」の少ない滑らかな肌合いで、公家(宮廷文化)や寺院などで使用されました。また、現在では手漉き和紙を「本鳥の子紙」と呼び、その中でも国産雁皮を使用した「生漉き(きずき)鳥の子紙」は最高級和紙といわれ越前地域でも漉く職人は多くありません。
使用用途:貴族社会(宮中)の書簡や和歌、随筆、写経、襖、屏風、免状、額等
<奉書紙(ほうしょがみ)>
楮(こうぞ)を原料とした楮紙は奈良時代から作られ、平安時代以降に白色の厚手の物が「奉書紙」と呼ばれました。古くから公家、武家、寺社などの公用紙や書状に使用され、特に将軍や貴族が出す公文書は御教書(みぎょうしょ)としても重用されました。また、奉書紙は諸国でも漉かれましたが江戸時代での越前奉書紙は最高級品として評価され、幕府の公用紙とされ儀式用にも使用されました。
使用用途:公家、武家、寺社などの公用紙、現在は木版画、結納包、のし紙、免状等
<檀紙(だんし)>
鎌倉時代に公文書として使用された厚口の楮紙であり、江戸時代に縮緬(ちりめん)のような皺(しわ,シボ)を作るようになり奉書紙より高級な和紙とされました。また、その技法は極秘扱いとされ金銀を使用することもありました。
使用用途:神事、免状、文書、包装、茶席用和紙、表具
<局紙(きょくし)>
明治時代になり全国統一の紙幣が東京(王子)で発行され、越前地方の和紙職人が三椏を原料として携わりました。また、当時の紙幣寮抄紙局(後の大蔵省印刷局:現国立印刷局)の「局」から命名されました。この和紙は耐久性や耐水性に優れ、越前和紙と西洋紙の技術を取り入れ誕生いたしました。
使用用途:証券、株券、小切手、賞状、卒業証書等
※上記文章は越前和紙の里 紙の文化博物館(福井県越前市)よりの資料提供、その他多くの書籍や資料
にて作成いたしました。